イエスの人権思想

主日礼拝説教(2009年1月18日)

「イエスの人権思想」                塩尻アイオナ教会 横田幸子

「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」
このイエスの言葉が人権思想の根本であるのに、
いつのまにか、人の位置と安息日の位置が入れかわって来てしまった
教会の歴史を思いめぐらしながらお話したいと思います。
 
この言葉が語られた事の起りは、
ある安息日(金曜の夕方~土曜日の夕方)の昼下がり、
麦畑を通りかかったイエスの一行の内、
弟子たちが麦の穂をつまんで口に放りこみながら歩いた時のことです。
運悪く、そこを通りかかった律法に厳格なファリサイ派の人に見られてしまいました。
彼らは、イエスに抗議します。
あなたの弟子たちは、安息日にしてはならない労働をしている、と。
イエスはファリサイ派のゴチゴチ主義者を軽くいなすように、
旧約聖書のダビデのエピソードを持ち出して答えました。
 
ユダヤ人なら誰もが誇りとしているあの有名なダビデが、
先代のサウロ王にねたまれ、命をねらわれて山中逃避行をしている時に、
どんなことをしたか知らないのか。
小さな神殿に辿りついたダビデは、
祭司以外に食べてはいけない供物のパンを、
空腹のあまり従者たちと一緒に食べたことがあったではないか、と。
ダビデも律法違反をしたことを思い起させました。
でも、よく考えると、余り適切な答えではありません。
ダビデの律法を無視した行動は、安息日のことではなかったわけですから。
ここでファリサイ派の人が目くじらを立てたのは、
安息日の律法に違反していることですね。
このエピソードは、恐らく、編集段階で挿入されたのであろう、
という見方が聖書研究者から出されています。
わたしもそう思います。
律法違反という点からだけ言えば、格好なエピソードです。
ファリサイ派の言いがかりなど、まともに応対することのほうがバカバカしく、
彼らをギャフンとさせたいと思って挿入したのかも知れません。

安息日には、いかなる労働もしてはならない、
ただひたすら神礼拝に心を傾けねばならない、
ということを守り切っているファリサイ派の人にとっては、
「麦の穂をつむ」ということは、リッパナ労働の一つとして理解したわけです。
 
食べることの大好きだったイエスは、
麦の穂をつむ弟子たちの姿をほほ笑みながらみていたでしょう。
伝道旅行の際に、食べものをたくさんふるまわれることもあれば、
お腹が十分満たされることのない時もあったのです。
イエスは、食べることに満足できないでいる人々は少なくないことも
すぐに連想されたと思います。
その時、ひらめくことがありました。
空腹な者を見過ごしにする法とは何か。
そもそも旧約の古い時代には、
安息日について素朴な規定がありました。

「あなたは六日の間、あなたの仕事を行い、
七日目には仕事をやめねばならない。
それは、あなたの牛やろばが休み、
女奴隷の子や寄留者が元気を回復するためである」(出エジプト記23:12)

とあります。
これは、国が滅びて律法による民族再編成がなされる以前の、
十戒についての解釈です。
安息日制度の由来を、
出エジプトの出来事と関連づけながら説明しているんですね。
人間の命を保持し、
生きる力を回復することの中に神への感謝と祈願がなされることこそが、
安息日礼拝の根本の精神です。

イエスは、ファリサイ派の律法遵守のあり方、
安息日制度の運用のあり方が、本来の律法の眼目からそれて、
形式重視になっていることを、他の箇所でも度々批判しています。
元来、奴隷や、おんな子どもや、寄留者の人権を守るためにあった法律が、
違反摘発のための法になり下がってしまったこと、
法の意味が逆転して使われていることへの憤りが、
ここで冒頭の言葉となって噴出したのです。

「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」

この言葉は、「地の民」と呼ばれていた律法を守れない貧困層の人たちを勇気づけました。
社会の片隅で、ひっそりと息をするだけの生活を強いられていた人たちが、
積極的に生きる意欲をもつようになります。
一世紀に始まったエクレシア(呼び集められた人たち)と呼ばれた、
最初の教会を担った人たちは、
かつて困窮していた人たちが多かったのです。
ギリシャ人・ユダヤ人の別なく、主人・奴隷の別なく、
男・女の別もなく、イエスによって、
自分の生を受け容れることができるようになった人たちが、
他者にも目を向けて、福音に生きる営みをしていたことは、
使徒言行録などからも明らかです。

フェミニスト神学者の山口里子の研究によると、
一世紀の後半には、エクレシアで「寡婦」と呼ばれる女性たちが
共同生活をするようになったと報告されています。
エクレシアによって、経済的に支えられ、祈りあい、教えあい、
孤児たちの世話なども行ないました。
当時の父権制的な生活を望まなかった女性たちは、
夫と死別、離別した年老いた女性も、年若い女性も、
中には全く結婚しない「乙女」のままで、
「寡婦」としての伝道生活に入って行ったようです。
精神的な自立をした女性たちです。

ところが、この女性たちをエクレシアでは「寡婦」として登録させるようになり、
寡婦の区別もはっきりさせるようになります。
「非婚の女性」としての寡婦(Ⅰコリント7:25‐29)、
「真の寡婦」(Ⅰテモテ5:11‐15)、「若い寡婦」(Ⅰテモテ5:11‐15)、
「寡婦と呼ばれている女たち」(イグナチウス『スミルナの信徒たちへの手紙』13:1)等です。
「寡婦」を区別したのは、
年老いて「寡婦」になった者だけをエクレシアで支え、
その他の「寡婦」と名乗る人たちに結婚を勧めるためです。
そうすることによって、ローマ家父長制社会に迎え入れられることを目指したのです。
新しい生き方を主張しはじめていた女性たちは、
挫折を経験することになったのでした。

イエスが、女性に代表される弱者を、
社会常識に呪縛されていた生き方から解放した現実は、
イエス後にはそう長く続かなかったということですね。
その後の教会の歴史は、
再び弱者の人権が守られないような時代になっていきます。
霊性に富んだ女性たちを「魔女」として認定して処罪していく中世は、
女性の人権が抑圧された最たるものです。
「女性たちが書いた数え切れないほどの書物」は、
ことごとく闇に葬られてしまいました。

イエスの人権思想は、残念ながら定着しませんでした。
なぜ、どうして、イエスの人権思想が、
歴史的に教会の中では定着しなかったのでしょう。
簡単に言ってしまえば、
イエスの人権思想が余りにもラディカル過ぎていたということでしょうか。
あるいは、人間の欲望追及に歯止めをかける性質のものだったからでしょうか。
人間の欲望追及というのは、なかなか手に負えないものです。
紀元100年代にローマ社会に迎合していったのも、
ある意味で文明社会の一員になって行く道を、
教会が選んだということです。

イエスの「安息日のために人があるのではなく、人のために安息日がある」
ということを現代風にもじっていえば、
「道具としての機械は人のためにあるのであって、
機械のために人があるのではない」ということでしょう。
今、現在、自動車生産工場を始めとして、
あらゆる生産企業が人員削減しなければならないような状況になっています。
生産品のための生産活動が、それに携わる人々を裏切る事態になっています。
人が食べて生きていくための労働が、
いつのまにか、生産品が主人公に成りかわってしまっていたのです。
人のために導入された企業制度が、
人を生かしたり、殺したりする力をもってしまったのです。
その背理―生産品と労働の逆転をもろに受けているのが、
派遣労働者と言われる弱者です。
八万五千人もの失業者が出ているとのことです。
市民活動グループの人々は元より、行政や企業も懸命に工夫努力し、
労働に就けるようにしているニュースは、せめてものことです。
社員一同がシェアリングワークに踏み切って、
解雇者を出さず全員が給料を引き下げられる痛みを分かち合っていることは、
労働の本来の在り方だと思います。
それでも、寒空に放り出されている人がいるでしょう。
不況の打撃をモロに受けないで、
ぬくぬくとした日常を過している者にとっては、心苦しい限りです。

このような、資本主義社会の破れを経験する今日まで、
「安息日制度」つまり経済制度の主人として立っていない事実を
認められないまま来ているんですね。
人間が機械の歯車の一つになって来てしまったのです。
イエスの言葉に従っての教会形成も、
また社会形成も出来ていないということです。
産業や制度に対して人間が主であり続けられるためには、
能力開発(文明発展)と共に、
抑制力を身につけることにも知恵と力を用いなければならないことを、
二千年も以前の時点で、イエスは洞察していたのではないでしょうか、
人と制度が逆転してしまう事実への抵抗が
できるかどうかを問い続けていたのだと思います。

もう一つ、教会という狭い領域での問題意識からすれば、
27節の「安息日は人のために定められた。人が安息のためにあるのではない」という言葉よりも、
28節の「だから、人の子は安息日の主でもある」という言葉のほうに、
主力をおいて伝承されて来たのではないか、ということが考えられます。
マタイとルカは、27節を削除しているのです。
27節は、はっきり言って、人権思想が主張されています。
27節の言葉があって「だから」「人の子は安息日の主でもある」となるのですが、
マタイとルカは、「だから」という言葉を除いて、
後半の言葉を独立させて引用しているのです。
それは、いきおい、短絡的に、安息日には主を礼拝することが最優先されねばならない
という考え方に収斂されて行くでしょう。
日曜日を復活した主の記念日、
この日がキリスト者にとって最も大切な日という理解に展開されていったのです。
イエスの生きた現実の出来事は、
誤解を恐れずに言うなら、展開していく過程で霧散して行きました。
この言葉の出どころとなった、弟子たちが空腹のあまり麦の穂をつまんだこと、
空腹の人たちがいる貧しさへの、イエスの思いやりは見えない。
人々が十分に食べられてしかるべきだという、
人権への思いは全く隠されてしまいます。
このイエスの思いがこめられた言葉と、
イエス・キリストは礼拝日の主であるという、マタイとルカの、
引いては後々の教会との間に横たわるズレ、と言ってもいいでしょうか。
このズレが、イエスの人権思想を教会に定着させることができなかったのではないか、
とわたしは考えるのです。

マルコのイエスは、虐げられる人々を目の当たりにしているイエスの言葉を採録しています。
マタイとルカは、そのようなイエスの言葉を退けて、
礼拝の対象となるキリスト・イエスに視点をおいています。
言いかえれば、人権思想を大切にしたイエスは、見えません。
マルコとマタイ、ルカの視点のちがいは、
現代の教会にも引き継がれていると思います。
そして、話の中でも触れて来た女性たちの解放されたふるまいが終わりを告げたのは、
イエスの人権思想が社会常識の中に埋もれてしまったことにつながっています。
教会は女性差別を温存させて来てしまいました。
女性の人権が主張されるようになったのは、
地上世界の第一次・第二次大戦を経てからのことです。
ということは、イエスの人権思想をよみがえらせたのは、
教会ではなくて一般社会であるということです。

このことから見れば、イエスは、教会に閉じこめられてはいなかったのだと言えます。
イエスが歴史の主、世界の主であるというキリスト者の告白は、
教会の特権的な信仰思想ではなくて、
文字通り、イエスの十字架の死による贖いの赦しと、
復活における人間の再生の真理が、
隠れた仕方であれ一般社会に行きわたっているということになるでしょう。

さらにもう一つ、マルコのイエスが「人の子」と自称することについて触れておきます。
神学的な問題としては、いろいろ学説があるのですが、
田川建三という聖書学者は、
マルコの「人の子」は、「人間一般についての真理を事実として具現した者」という、
生前のイエスの自覚を表現するものだと見ています。
わたしは、田川の理解に立って、イエスの人権思想を強調したいと思います。

イエスが「人の子」と自称する時には、
旧約の「人の子」(ダニエル7:13)呼称が、
メシアを思い描いていることを承知しながら、
それ以上に、創造主なる方に従って生きる被造物としての人間、
当たり前な人間「民衆の子」としてのイメージをもっていたでしょう。
イエスは、人間として生き抜かれたのです。
 
「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。
だから、人の子は安息日の主でもある」

法は、人のためにあると洞察したイエスの言葉の深みを味わい、
この世でくり広げられている法や制度との関係のつけ方を、
個人においても、社会においても、導かれたいと切実に思います。
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Commented by sandaimeD at 2009-01-28 08:32 x
すばらしいお話ですね! 
現代では、教条主義的でないこういう自由で柔軟な思考をもった宗教者の方が自由に発言できるようになり、喜ばしいことです。
最近、グノーシス派と呼ばれた初期異端派の経典なんかも解読され始めて、初期キリスト教の姿も知られるようになりました。
現代に生きる我々は、ある意味より生のイエスに近づいたのかもしれませんね。
Commented by ひつじや at 2009-02-03 11:09 x
sandaimeDさま
ごぶさたしてます。お変わりありませんか?
横田幸子牧師は、すばらしい方です。
こんどお引き合わせしますね!
by hitsujiya-azumino | 2009-01-27 16:37 | ひつじ屋日記 | Comments(2)