5月28日(水)臨時休業のお知らせ

a0034487_15502123.jpg
5月28日(水曜日)臨時休業させていただきます。
翌29日(木曜日)もお休みとなります。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

いつもありがとうございます。


【5月・6月の店休日】
5/8(木)、15(木)、22(木)、28(水)、29(木)
6/5(木)、12(木)、19(木)、26(木)



a0034487_15533753.jpg
自宅を引っ越すことになりまして、明日から荷物を運びます。
新居は少し広くなり、店からも近くなり、
しかも隣はみおちゃんちで、何かとうれしいわが家です。

























味は部分で感じは全体。
味をいう人は、見方はこまやかでも、どこか品物に捕われている。
感じで見る人は、離れて自身の角度でぶつかっている。

作る方からいっても、味はねらって大抵ゆけるが、
本当の感じはねらいでは出ない。
いわば持ち味で、作家がねらった所とはむしろ別途に、
しかしさらに公平に、匂うだけは匂っているように思う。
作り手は多くの場合、ねらいで出発しているために、
ねらった予期に近い結果を喜び、遠い結果を悲しむが、
もっと本領はそのほかに匂っていて、
実は作家自身で気にする程の優劣はなく、
素直な感じで見る人からは大して違いもなかろう。

味は一種のの定石で、観る方も作る方も、
大抵年期でもゆけるが、感じはそうはゆかない。
時間と金では学べない。
だから味で見る人の評には、
要を尽くしている割合に案外聴くべき所が少ないが、
感じで敲(たた)かれるとどこか痛く身に応える所がある。

私達の作る品が選ばれるときにも、
見巧者(みごうしゃ)は先ず味のいい無難の作からとる。
これは正しい。
それらは「既成の標準」からみて、比較的よく調和がとれている。
しかし味はたとえ破れていても、感じの生き生きしたものを、
「未成の標準」から選んでみたら如何。
作家の教えられる所ははなはだ大きいと思う。
形をいい、調子をいい、模様をいい、線をいう。
が、そうこまこま分けずに響くものは何か。

よき無地は美しい。
だが無地の味をねらって出来た無地はすでに一種の模様といいうべきで、
ここには無地の美しさも深さもない。
反対に模様はいろいろにつけながら、
却って感じは無地とでもいい得られるものがある。
よき民芸品の模様はほとんどこの例に洩れない。
こなれた模様、よくうつる模様というのも、
要するに器を犯していないということで、
結局無地の心から離れたものではあるまい。
(濱田庄司『無盡蔵(むじんぞう)』より)

[PR]
by hitsujiya-azumino | 2014-05-27 16:18 | ひつじ屋日記 | Comments(0)