安曇野を訪れる修学旅行生にアピール

安曇野ひつじ屋 レンタサイクル&レンタカー http://www.hitsujiya-azumino.com

a0034487_16432530.jpg
5月の連休が終わると、
修学旅行で安曇野を訪れる中学生・高校生が穂高駅前を行きかうようになります。


a0034487_16434440.jpg
彼らに気軽にひつじ屋を利用してもらうようにするために何ができるだろうかと考え、
息子(英織ひでおり=次男)にたのんで看板を描いてもらうことにしました。


a0034487_1644323.jpga0034487_16441781.jpg
この看板がびっくりするほど「効果」を上げたようで、
修学旅行生が続々と店内に入ってきてくれるようになったのです。
喫茶を利用してくれたり、おみやげを買ってくれたり。
ありがとうございます。息子にも感謝。

























「まあ、そういう感じで、ほんとに少しずつであったけど、私のリンゴを買ってくれるというお客さんが増えていったのな。あの時のリンゴはどういうわけかすごく甘かったんだよ。今よりもずっとな。甘いなんてもんではなかったな。ナイフで切るとさ、切ったリンゴがナイフにくっついてくるほどであった。なんでだろうな。リンゴの木が、ちょっとだけ、私を手助けしてくれたのかもしれないな。でも、あんなリンゴをよく買い続けてくれたものだと思うよ。最初の頃は畑の状態も安定していなかったから、リンゴに甘味がのらない年もあったの。傷物も、虫喰いも多かったと思うんだけどな。『甘くないから、リンゴに塩をつけて食べた』って、手紙が来たこともあったよ。あの時代を乗り越えられたのは、とにもかくにもお客さんたちのおかげだ。甘くなくても傷があっても食べるから、頑張ってくれって。私を支えてくれたのな。リンゴの実をならせるのはリンゴの木で、それを支えているのは自然だけれどもな、私を支えてくれたのはやっぱり人であったな。
 考えてみればよ、カマドケシだ、バカだと、周囲から白い目で見られたのも事実だけれど、そういう時でも味方をしてくれる人はいたのな。私が電気代とか水道代が払えないときにこっそり払ってくれていた友達もいたし、スクラップ屋の人もそのうち代金を取らないようになったの。『これ持ってけ』って、程度のいいエンジンとかを取っておいてくれたりな。お金を借りていた銀行の支店長も、利息だけでも払おうと思って私がお金をかき集めて行っても受け取らないことがあった。『それ払ってしまったら生活費がなくなるんだろう』って言ってな。税務署にも赤紙を貼られたけどな、課長さんは『いつかあんたの時代が来るから』って、ずっと励ましてくれていたしな」(石川拓治『奇跡のリンゴ』より)

[PR]
by hitsujiya-azumino | 2014-05-22 00:19 | ひつじ屋日記 | Comments(0)